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2005年 12月 31日
オレのブログ2005年総まとめ【後編】
【7月】
雨のダービー清水での久しぶりの勝利、なぜかこのタイミングで、オレのユルネバ実況があり、7.18の横浜花火デー。この日の晩、仲間がこの世を去った。その頃から、非公開であるけれども、「センチメンタル・フーリガン」のメモをしてる。今だから、ちょっとだけ公開。

サポーターとは
敵から何かを奪うものではなく
味方に何かを与えるものである。

オレたちは、相手から何も奪うことはできない。
ボールを奪うことも、得点を奪うことも、相手の体力を奪うことさえできない。

でもオレたちは、仲間に与えることができる。
ただひとつ、オレたちには与えられるものがある。
それは勇気だ。戦う勇気だ。

スタジアムには、今日もサッカーがある。

できることはただひとつ。
それができるヤツは、チームとともに笑い、喜び、そして泣こう。

で、なぜかとった行動が、飛田給の物件探し。しかし契約ならず。

【8月】
阿佐ヶ谷にトーキョウ七夕を見に行き、「センチメンタル・フーリガン」としての活動をスタート。一方ではモーチュウとして「クルクル・ルーカスTシャツ」を発表。おかげさまで、両方とも好評でした。みんなありがとう。浦和で初バンデーラを体験し、磐田では、サッカー専用スタジアムで初のゴール裏最前列を体験

【9月】
アウェーの横浜戦。J'sゴールの速報しか見れないオレは、89分で止まったままの時計に胸騒ぎを覚えていた。そう、ルーコンが大変なことになったあの日だ。本当は、ルーカスのために、ブラジルDAYに合わせて作ったルカTだったけど、それよりもルーカスの状態がホント心配だった。

【10月】
この頃から、憂太がキレキレぶりを見せつける。そして運命のダービークルクルTシャツが、ルーカスの手へと渡り、ついにはガンバをも下してしまう、今思えばイケイケな10月だったなぁ。

【11月】
イケイケな勢いそのまま、「センチメンタル・フーリガン」でも、マフラーを発表。一方、味スタにはアジパンダが来たなあ。あ、あと東京ダービーがなくなったのも、11月だったか。

【12月】
そして12月。ルーカス退団の知らせ。仲間は平日の夜、成田まで行ったよ(しかしいまだにオレはルーカスがひょっこり小平に現れるような気がしてる)。さらに追い打ちをかけるように、原監督が退任。賛否両論の退任挨拶だったが、内容は原監督らしく、お別れだけど楽しいものだった。


うーん、2005年後半も、濃かったなぁ。
別れもあった。たったひとつの勝利がこんなにも嬉しいことを知った。
結果だけを見れば、満足のいくものではないかも知れないけれど、
きっとチームも、選手も、そしてサポーターも成長した(させられた)1年だったんじゃないだろうか。
そして2006年へ。
また新しいトーキョウが始まると思うと、今から楽しみで仕方がない自分がいる。
来年も素晴らしいシーズンでありますように。
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by tokyo-boys12 | 2005-12-31 18:40 | まとめ
2005年 12月 22日
オレのブログ2005年総まとめ【前編】
いやあ、ほんといろいろあったね、2005年。
トーキョーな2005年を、オレ的にまとめてみたよ!
まずは上半期から!

【1月】
ナビスコな年賀状ではじまり、スカイラブハリケーンな幼少時代を思い起こし、阿部ちゃんの移籍に泣き、真冬にボール蹴って、カゼひいた。

【2月】
マンガにセクシー東京というキャラが登場し大興奮。会社でこっそりスキャンしたり、『龍時』で盛り上がったり、「おバカ」について書いてみたり。シーズンオフなわりに、話題豊富だったなあ。

【3月】
おお、この頃からYou go, We go.とか言ってるよ、オレ。「SENTIMENTAL HOOLIGAN」も、ここから始まってるんだなあ。で、2005シーズン開幕。そうそう、今年からG2に愉快な仲間が増えたんだった。まさか来期、G2カテゴリがなくなるとは…。チームの勢いに便乗して、オレのファンタジーもすごいことになってた。

【4月】
なんと言っても「モーチュウ」。いやあ、おバカなことしたもんです。で、ここから悪夢の連敗が続く…。お、ガンバ戦の増嶋交代について、なんか書いてんな。高校時代の回想を交えてるあたり、ちょいセンチメンタル入ってますわ…。

【5月】
連敗まっただ中に新人くんを味スタに誘う。タイミング悪過ぎ。そういやこんなの配ってたなあ…。気分を変えたくなったのか、こんな話題もエントリしてる。小平くんは笑えるが、ド徹くんは泣ける…。しかし連敗は止まらず、しまいにゃジンクス探しまで始めちゃったよ。勝負パンツから、勝負従兄弟まで…。しかしこの後、大分で奇跡のワッショイ!をすることに!

【6月】
…あれ、6月は4回しかアップしてないや。Jの中断期間とはいえヒドイな。
しかしこの日のエントリで、さりげなく「SENTIMENTAL HOOLIGAN」の予告をしているオレであった。


さあ、怒濤の下半期は、来週にでもアップするか。
…ってこれ読んで楽しいの、オレだけ?
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by tokyo-boys12 | 2005-12-22 19:23 | まとめ
2005年 12月 20日
ガーロきた。
下のエントリの意味が、ほとんどなくなったよ…。トホホ。
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by tokyo-boys12 | 2005-12-20 15:29 | FC東京
2005年 12月 19日
HARA TOKYO!
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来期監督決定のお知らせ[12/19(月)]

さて、上記のゲーフラにありますよう、
ヘイラ・ヒリミ監督と来期の契約を結んだことをお知らせします。

■ヘイラ・ヒリミ(Hara Hirimi)監督
○登録名 ヘイラ ヒリミ(通称…いっそヒロミで)
○生年月日 1958年10月19日(驚き!ヒロミと同じ47歳)
○国籍 マレーシアあたりらしい
○身長/体重 182cm/78kg(これまた驚き、原博実とホボ同じ!)
○ポジション 監督
○前所属チーム FCトキョ

○クラブ履歴 その昔、赤いユニフォームを来たと言ってます(通訳談)

○代表歴 72ゴールをあげ、歴代2位だと言ってます(通訳談)

○アピールポイント 監督に不必要な、でもあると楽しい跳躍力




…と、先日の味スタであげたゲーフラで妄想してみる。
いっそ国籍変えてでも、東京に戻ってこないかしら、なんて夢をみてみる。
でも、現実は変わらないわけで。
原監督、ありがとう。原監督、またどこかで。
あなたはオレが最初に好きになったクラブチームの、その最初の監督です。
おそらく一生忘れない監督です。
最初は想像もしえなかったほど、濃密な時間を過ごせました。
本当に、ありがとう。
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by tokyo-boys12 | 2005-12-19 22:24 | FC東京?
2005年 12月 15日
ルーカスにサヨナラを言えたのは。
以前からルーカスの退団はウワサになっていた。
ただファンの多くは、オフィシャルの発表かトーチュウの記事が出るまで信じようとしなかった。
オレもその一人だった。

12月10日、トーチュウはルーカスが東京を去る可能性を書いた。
オフィシャルはまだ発表しておらず、取材による事実を書いたものだった。

オレはトーチュウの記事を読んでいると勘違いしそうになることがある。
毎日のように綴られる、正確な記事。
そしてフロントが発するコラムがあるせいか、どうもオレはトーチュウをまるで
オフィシャルのように思ってしまうことがある。
事実、オフィシャルの発表を受けて、という記事も多い。

だからオフィシャルの発表を前に、
トーチュウが「ルーカス退団」の記事を書いたことは、ちょっと驚きだった。
信じたくない記事だったがその一方で、
トーチュウに対する感謝の気持ちが湧いてきた。

「これで、ルーカスにサヨナラを言うことができる」。

実際、帰国の便が平日だったから、オレを含め多くの人が成田までは行けなかったみたいだが
熱心な仲間が、ルーカスを見送りに行ってくれた。
そのひとりは、本当にルーカスが好きだった。
なかなか遠征にも行けない人なのだが、この時ばかりはと駆けつけた。

「ルーカスに会えて本当に良かった」。

彼は、いつものルカスマイルで、迎えてくれたそうだ。
見送りに行った誰もが泣きそうな顔をしていると、
ルーカスが「ワラッテネ」と声をかける。
そしてルカTのことも、よく覚えてくれていたみたいだ。

その場に行けた人たちは、本当に幸せだと思う。
そしてあの場に行く背中を後押ししてくれたのは、トーチュウの記事だったと思うのだ。
オフィシャルはすべてが決まらないと発表できないだろうし、
トーチュウ以外の記事だったら信用できないし。

すべての人に当てはまるわけではないけれど、
トーチュウのおかげで、ルーカスにサヨナラを言えた人がいることは確かだ。
クラブが発表したことしか記事にできないなら、それはオフィシャルと変わらない。
だからあのタイミングで記事を書く決断をしたことは、とても意味があると思う。
そして、その記事に向けられた先が、サポーターだということも。

12月12日、ルーカスは東京を去った。

15日現在、オフィシャルはまだ、ルーカスの退団を発表していない。
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by tokyo-boys12 | 2005-12-15 20:40 | FC東京